大阪高等裁判所 平成3年(う)637号 判決 1991年11月14日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年六月及び罰金六〇万円に処する。
原審における未決勾留日数中三〇日を右懲役刑に算入する。右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
押収してあるチャック付ポリ袋入り大麻五袋(当裁判所平成三年押第一八七号の1ないし5)、大麻一袋(同号の6)、大麻煙草一本(同号の7)、大麻樹脂一個(同号の8)、大麻草三株(同号の9)を没収する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人宮永堯史作成の控訴趣意書とその補充書に記載のとおりであるから、これらを引用する。
控訴趣意第一(訴訟手続の法令違反等の主張)について
論旨は、要するに、「原判決は、被告人を懲役二年及び罰金八〇万円の実刑に処したが、量刑の理由として、『被告人の本件犯行は、その回数が多く、扱った大麻も多量で、営利目的を有していたことに加え、自らの大麻使用歴も五年を越え、その間知人らに反復して大麻を有償譲渡し、相当多額な利得を得てきたものであるところ、何よりも相当量の大麻を長期にわたり継続的に売却し、その害を拡散させてきた責任は重大であるから、被告人に前科がないことや反省態度などその有利な事情を斟酌しても、懲役刑の執行を猶予するを相当の事案とは考えられず、主文の量刑はやむを得ないと判断した。』と説示している。しかし、この説示は本件犯罪事実よりも、むしろ起訴されていない犯罪事実である過去五年以上の間の大麻の有償譲渡を量刑の資料として考慮していることが明らかであり、しかも、その起訴されていない犯罪事実については被告人の捜査官に対する自白のほかに証拠がない。そうすると、原判決は不告不理の原則に反して審判の請求を受けない事件について判決をし、かつ、憲法三一条、三八条三項に反する訴訟手続の違法があり、刑訴法三七八条三号、三七九条により破棄を免れない。」というのである。
調査すると、本件公訴事実の要旨は、「被告人は、平成二年七月二六日から同年一〇月二三日までの間、①大麻樹脂約九五〇グラムを代金二七〇万円で譲り受けた。②二回にわたり、大麻樹脂約一〇グラムずつをそれぞれ代金五万円で譲り渡した。③営利の目的で、乾燥大麻約一キログラムを代金二五五万円で譲り受けた。④営利の目的で、乾燥大麻約四〇グラムを代金一六万円で譲り渡した。⑤営利の目的で、大麻樹脂4.379グラム及び乾燥大麻406.765グラムを所持した。⑥大麻草三株を栽培した。」というものであるが、原判決が、罪となるべき事実を公訴事実のとおり認定したうえ、被告人を懲役二年及び罰金八〇万円の実刑に処し、「量刑の理由」との項目を設けて、所論指摘とおり説示していることは明らかである。
その量刑の理由をみると、本件犯罪事実に直接かかわる情状である犯行の回数、大麻の取扱量、営利性を指摘したのちに、被告人が本件犯行以前に五年を越える長期にわたり反復して大麻を他へ有償譲渡して多額の利得を得てきた事実を判示し、そのうえで、「何よりも相当量の大麻を長期にわたり継続的に売却し、その害を拡散させてきた責任は重大であるから、」「被告人に前科がないことや反省態度などその有利な事情を斟酌しても、」「懲役刑の執行を猶予するを相当の事案とは考えられず、」かつ、「主文の量刑はやむを得ないと判断した。」というのである。
そして、原判決のこの量刑理由によれば、原判決は、有罪であると認定した本件公訴事実たる犯罪以外に、「被告人は、過去五年を越える長期にわたり、相当量の大麻を継続的に売却してその害悪を拡散させてきた。」という、一般に余罪と言われている事実を認めて指摘したうえ、この事実(余罪)を単に被告人の性格、経歴及び犯罪の経緯、動機、目的、方法等の情状を推知するための資料として考慮したにとどまらず、その事実について、「(その)責任は重大であるから、」として被告人の刑事責任を問い、これをも実質的に処罰している(すなわち、その事実を、「懲役刑の執行を猶予するのが相当かどうか」ばかりでなく、「これを相当でないとして被告人に科することになる主刑(懲役と罰金)をどの程度にするべきか」を決するうえで考慮し、刑を重くしている。)といわざるを得ない。
もっとも、原判決が本件公訴事実たる犯罪以外にいわゆる余罪として認定したところは、右のとおり抽象的で漠然としており、犯罪事実として特定されているわけでもないから、これを実質的に処罰しているからといっても、原判決が審判の請求を受けていない事件について判決したとするのは当たらない。しかし、たとえ抽象的で漠然としていても、公訴事実たる犯罪以外の事実(余罪)について被告人の刑事責任を問い、これをも実質的に処罰したといわざるを得ない原判決の量刑態度は、その事実について被告人の自白以外の証拠があるかないかを吟味するまでもなく、現行の刑事訴訟構造上許されるはずがない。弁護人が主張するとおり、それは憲法三一条に抵触するものである。原判決の訴訟手続にはこの点で判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、論旨はこの限りで理由がある。
そこで、控訴趣意第二(量刑不当の主張)に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従って被告事件について更に判決することとする。
(罪となるべき事実)
原判決認定のとおりである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
判示第一、第三及び第四の各所為に対する罰条が「平成二年法律第三三号による改正前の大麻取締法二四条の二第一号、三条一項」となっているのを「大麻取締法二四条の二第一項一号、三条一項」と訂正し、また、刑法六条に従って、判示第二、第五及び第六の各所為に関する罰金の寡額につき平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項を適用するほかは、原判決と同一の法令を適用する。
(量刑の理由)
本件は、被告人がディスコに勤めるかたわら、約三か月の間に、自分で吸うばかりでなく他へ密売して儲ける目的で大麻樹脂約九五〇グラム及び乾燥大麻約一キログラムを譲り受け、大麻樹脂は二回にわたり合計約二〇グラムを、乾燥大麻は約四〇グラムをそれぞれ知人らに密売して相応の利益を得たほか、密売する予定で大麻を所持したり、あるいは自ら大麻草の栽培をしたという事案である。
本件で取り扱った大麻の量が非常に多いことはもちろんのこと、犯行の動機になんら酌むべき事情がないことや、かねてからの売人との連絡が途絶えて大麻の入手が困難になるや自ら大麻草の栽培を手掛けるなど、被告人の大麻に対する執着と依存の度合いが強く、その常習的傾向が次第に進んでいたと認められることなどをもあわせみると、犯情はたいへんによろしくない。弁護人は、被告人が本件で初めて取り扱った大麻樹脂は売人からキャンセル料を要求されたため仕方なしに買い受けたものであるとして、このことから、被告人が大胆かつ積極的に大麻の売買に及んだものではないことがわかると強調するが、被告人が当初大麻樹脂の取り引きを断ったのは友人に頼んで大麻の売人を紹介してもらったものの、東京に在住する人物で素性がまったく知れなかったことや、もともと乾燥大麻の方が欲しかったことなどによるものであり、また、その後の密売状況などにもかんがみると、所論のような事情があったからといって、被告人が積極的に大麻にかかわったものではないなどとはとても認めることができない。
もっとも、被告人のために考慮すべき事情として、本件は被告人がディスコという職場環境にあって誘発されたものであるが、現在ではそうした夜の仕事から昼の仕事にきっぱり切り替わり、再生資源の収集運搬業を営むマツザワ商店で自動車運転の助手としてまじめに働いているばかりでなく、日曜日にはアルバイトとして株式会社グッピーズで観賞魚の飼育などに従事し、いずれの勤め先からもその将来に期待が寄せられていること、このように被告人が毎日休みなく働きながらも、その合間に自動車学校に通い、仕事のうえでいずれ必要になると思われる普通自動車の運転免許を取得するにいたっていること、父親が証人に立ち、今後の再犯防止に向けて協力することを約束しており、被告人も自分の過ちを深く反省して両親の監督に服し、かつての大麻関係者との交わりを一切断っていること、被告人にこれまで前科前歴がまったくないうえ、今ちょうど三〇歳で有望な年代にあることなどを挙げることができる。
しかし、弁護人も指摘するこのような事情を十分に斟酌しても、先程述べた犯情に照らすと、被告人の刑事責任を決して軽くみるわけにはいかない。本件が弁護人の望むように懲役刑の執行を猶予するのが相当な事案であるとはとうてい認められず、主文程度の実刑はやむをえないところである。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官岡本健 裁判官阿部功 裁判官鈴木正義)